ごきげんよう!

シンガーソングライターの梨木ハルトです。

前回の記事では、大学時代に自分中心にバンドを結成したところかまで話しました。

その記事でも少し触れましたが、私は、大学卒業後に就職をせずに、フリーターになるという選択をしました。

音楽でプロになるという夢を叶えるためです。

ぬるま湯

そして私は実家暮らしでアルバイトをしながらフリーターという状況になりました。

ぬるま湯と言われても仕方がない状況です。

そんな、環境としてはある程度整った状況の中、私は一直線にバンドをメジャーでビューさせるために行動を起こすことができませんでした。

週に4、5日程度アルバイトをし、週に1回程度スタジオに入り、たまにライブするということの繰り返しでした。特に先に進むための大きな行動を起こすこともなく、 時間とお金のバランスには常に悩んでいました。

そして何より私にとっては家族から夢を応援してもらえていないことが重くのしかかっていました。

音楽から仕事に逃げる

フリーター時代の悩みは、まず実家からの風当たりの強さでした。

就職をせずに音楽をやっている息子に対して風当たりが強いのは当然です。自分が親でもそうしたと思います。

家族の言うことを適当に流すことができれば違ったのかもしれません。しかし私は、家族から「音楽をやるためにフリーターなんてとんでもない」と繰り返し言われるうちに、

「就職せずに音楽をやっている自分は駄目な人間なんだ」

と思い始めました。

このままでは本当に駄目になってしまうと思い、

実家からの風当たりをきついのをなんとかするために、私は社員登用制度のある週5日のアルバイトの仕事をやり始めました。

「親を安心させるため」

「音楽にはお金が必要だから」

と自分に言い聞かせて、私は本来するべき音楽活動に真っ向から対峙することからから逃げていたのです。

実家にいることが少ない分家族からの風当たりは弱くなりましたが、それでも家族からは

「いつ社員になるのか」

「いつ社員になるのか」

と言われ続けました。

一方音楽活動にかける時間は減る一方で、バンドとしてあまり進捗がないことに常に悩んでいました。

そして私は、バンド活動の進捗があまりないことを、週5日でアルバイトをしていることの理由にしたのです。

あるときそのアルバイトをしていた仕事で部署変えが起こりました。いわゆる準社員のような立場になり、アルバイトよりも責任のある仕事を任されました。

自分を騙し続けた先の限界

私は、これで家族から安心してもらえると思いました。

私は、「これでよかったのだ」と思うことにしました。

「音楽は空いた時間でやればいいじゃないか」


「これでよかったのだ」


「これでよかったのだ」


けれど、それから家族には正社員になってないことを言われ続けました。

「いつ正社員になるのだ」

「いつ正社員になるのだ」


それは呪文のように私を苦しめ始めました。

そして、心の底ではもう一人の自分ずーっとが叫んでいました。

「もっと音楽がやりたい」

「もっと音楽がやりたい」

「もっと音楽がやりたい」

「もっと音楽がやりたい」

「もっと音楽がやりたい」


あるとき限界が来ました。

仕事中にパニックになって突然涙が止まらなくなったのです。

私は病院に連れていかれ、うつ病と診断されました。

そして私はその会社を辞めました。

そのとき、20代も半ばになっていました。


※フリーター時代・後編へ続きます。